1900年~1945年の選抜式中等教育

尋常小学校に6年間通い卒業した後、教育を受け続ける道筋はいくつかあった。最も一般的だったのは、2年課程の高等小学校に進むことだった。才能があり経済的に余裕のある層の子供は、何種類かある(大抵は男女別学だった)選抜式中等学校に通うことができた。20世紀初頭は、小学校を卒業した者のうち、選抜式中等学校に進むことのできる生徒の割合はほんの僅かだった。これは当時のこういった学校の数の少なさも反映していたが、それだけではなく、学費やそのほかにかかる費用、さらに子供を通学させる間失われる収入をも含む、子供を通学させるための全体の経費の高さを反映していた。しかし、その後数十年間で日本人が裕福になり進学志望が上昇し学校数が増えるにつれ、このような学校に通う子供の人数は着実に、そして時には急激に上昇した。小学校を卒業後、選抜式中等学校へ進学した生徒の割合を確実に把握するのは難しい。これは高等小学校で1〜2年間勉強した後、選抜式中等学校に進学した者もいるためである。それでも、1940年までには30%ほどの小学校卒業生が何らかの選抜式中等教育機関に進学したと考えられる。選抜式中等教育のシステムは複雑だった。男女向けに一般学科科目を教える普通校のほか、様々な専門技能を教える学校や実用的な科目を教える学校も並行して存在していた。これに加えて、相当数の私立校があり、1940年には、私立校で学ぶ生徒の数は選抜式中等教育を受ける全体の生徒数の25%を占めた。

男子向けおよび女子向け選抜式中等教育に関しての詳細は、そのトピック専用のページを参照されたい。

ピーター・ケイブ

文献の記載方法 

ピーター・ケイブ 「1900年~1945年の選抜式中等教育」近代日本における子どもおよび青年の生活と教育 [URLおよびアクセス日を追加]

男子の中等教育

尋常小学校を卒業後、選抜式中等教育を受ける志を持った男子は、5年課程の中学校に進むか、

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女子の中等教育

女子向け選抜式中等教育の主たるものは、「高女」と呼ばれる「高等女学校」だった。高等女学校での一般課程は4年間だった
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